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「祈りの家」

Scripture
そして、人々に教えて言われた。
「『わたしの家は、あらゆる民の祈りの家と呼ばれる』」と書いてあるではないか。それなのに、おまえたちはそれを『強盗の巣』にしてしまった。」
マルコの福音書11:17 新改訳2017

Observation

イエス様が伝道旅行において大切にされていたことは何だろうか?
その一つは、各地の会堂や宮で福音を語ること。
現代で言うならば各地の教会や家庭集会、ライフグループなどで福音のメッセージを語る。それがイエス様の大切にされていたことだった。単にメッセージを語るためだけでなく、そこに集う人々との交わりをきっと期待していたことだろう。神様を見上げて礼拝する信仰共同体を各地で楽しみしていただろう。

しかし、この日は違った。

エルサレムに着いたけれど、思っていた集いが宮でなされていなかったのだ。

Application

イエス様はくまなく宮を見て回った。
そして気づいたのはそこで売り買いがなされ、両替がなされ、鳩の販売がされていたこと。そのことに非常に嘆いた。いや怒りをあらわにされた。イエス様がこれほど怒るなんて・・・あまり知らない。だけど、それくらいイエス様にとっては赦せないことがなされていたのだ。

なぜなら、イエス様は宮は「すべての民の祈りの家」ことを大切にされていたから。

神様に心を向ける

そんな場所であって欲しいのに、そこでは神様が蔑ろにされて全く違うこと。いや人々が好き勝手にやっていたことにイエス様は怒った。形は違えど僕も時に、日曜日がそうなっていることがある。神の教会であり、祈りの共同体であり、天のお父さんに心を向ける時・・・だけども。自分が中心になあって、doingに心が支配され、神様以外のことで頭のてっぺんから足の先まで埋まっていることがある。

イエス様は大抵のことでは怒らない。
でもそのイエス様が起こることをしてしまうことを悔い改めよう。
「天におられる私たちの父よ」と神様に心を向ける礼拝者となっていけますように。

Prayer

天のお父さん
すぐに間違った心でいてしまう僕の心をずっと待ってくださってくれることに感謝します。教会で僕はいつも何を大事にしているでしょうか?僕は礼拝者となれているでしょうか。たびたび、目の前のdoingや自分が中心になってしまっています。どうか僕の心を変えてください。心からの礼拝をささげたいです。あなたの教会、神の教会を祈りの家とすることができますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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