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「大収穫に向けて」

Topic:収穫、備え、祈り   Scripture(聖書) イサクはその地に種を蒔き、その年に百倍の収穫を見た。主は彼を祝福された。 (創世記26:13 新改訳2017)     Observation(観察) イサクが飢饉のゆえに移住した地はゲラルの町。 そこでイサクはひもじい思いを経験するどころか、むしろ大いなる祝福を経験する。 蒔いた種の百倍の収穫を得たのだ。     Application(適用) 収穫を得るためには当然のことながら、種を蒔く必要がある。 ただ種を蒔くだけでもダメだろう。 土地を耕すこと、水を与えたり、肥料を与えることも必要だろう。 そのような労苦があって収穫の時を迎える。   2023年もNHYは種を蒔く。 愛の種を。みことばの種を。 収穫を待ち望みながら。   またイエス様の言葉も心留めておかなければならない。   そして彼らに言われた。「収穫は多いが、働き手が少ない。だから、収穫の主に、ご自分の収穫のために働き手を送ってくださるように祈りなさい。 (ルカ10:2 新改訳2017)   僕が16歳の夏に献身へと導かれた聖書の言葉でもある。 収穫のために種を蒔くだけではなく、収穫に向けて働き手を備えることが必要なのだ。 しかも大収穫が約束されているのだから、大勢の働き手が必要となってくる。   その備えに必要なことの第一は、まずは「祈り」である。 2023年は弟子訓練やリーダー育成、いわゆるEdificationやEquippingに力を入れるように導かれている。 まずは「祈り」からである。   祈りは一致をもたらす。祈りは変革をもたらす。 今日も、まずPastors Teamで祈っていこう。     Prayer(祈り) 主よ。 2023年、最初のNHY Pastors Meetingを共に御言葉に聞くDevotionから始めることの出来る幸いを感謝します。 大収穫を期待して、今年も種を蒔きます。 100倍の収穫を期待します。 また、収穫に向けて備えます。 主よ、働き手を送ってください。 働き手を育成し、整え、送り出す教会ともならせてください。 収穫の主イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン    

「心から」

Scripture  「人々の目を逃れることはできませんでした。大ぜいの群衆が、あとを追って来たのです。そのような彼らをイエスは心から喜んで迎え、神の国について教えたり、病人をいやしたりなさいました。」 ルカの福音書 9:11 リビングバイブル訳 Observation イエス様のもとに人々が次から次へと集まってきた。 さすがイエス様。 では済まないほどの人数だっただろう。 それでもイエス様は、彼らを「心から喜んで」迎えた。 Application 「心から」 この言葉にとても感動した。 イエス様はどれほど忙しかっただろうか。色んな人の対応をしていた。福音宣教の使命もあった。僕らは忙しくなると、その字の如く心を亡くしてしまいやすい。するといつの間にか、心がないままでタスクとして実はこなせてしまうのだ。それをそのまま放っておくとどうなるか? 間違いなく、大変なことになるだろう。なぜなら、心を亡くしたままでいると次第に、「仕方ないから」になって誰かのせいにしたり、怒りが込み上げてくるからだ。 イエス様は多くの人が押し寄せてくる中で、「仕方ないから」ではなく、「心から」それも「喜んで」人々を迎えた。 今、立ち止まって僕の心を主に探っていただこう。 心なくても何でも人は機械のようにできてしまうところがある。しかし、それは次第に僕らの心を蝕んでいく。心から何一つできなくなり、心よりも行いに目が奪われるようになる。でもイエス様は心から喜んで成された。 2023年、僕も一つ一つのことを心からできるようになりたい。 イヤイヤでも強いられてでもなく、仕方ないからでもなく、心からでありたい。 Prayer 愛する天のお父さん 僕の心を探ってください。いつの間にか、仕方ないからやっている。そんな心があるなら取り除いてください。心を取り戻し、心から喜んでいられるように助けてください。 イエス様はどんなに人が押し寄せてこようと、仕方ないではなく一人一人を愛して心から迎え、喜びました。僕の心を奪っていくもの疲弊させるものから心を守ってください。あなたに仕方ないではなく、最善をささげます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン

「ただ一つの望み」

Topic:希望、ダビデ   Scripture(聖書) しかし、主は私の盾、私の栄光、ただ一つの望みです。 主だけが、恥辱にまみれてうなだれている私の頭を、高く持ち上げてくださいます。 (詩篇3:3 リビングバイブル)     Observation(観察) この詩篇には「ダビデが王子アブシャロムに追われて逃げた時の賛歌」という表題がつけられている。   1、2節にはいかにダビデが八方塞りで敵に囲まれていたことが分かる。   1ああ主よ。どうして、こんなに多くの者が私に逆らうのでしょう。 どうして、こんなに多くの者からいのちを狙われるのですか。 右も左も敵ばかりです。 2神が私をお助けになるはずはないと、だれもが口をそろえて言います。   「もはや、これまでか・・・」と諦めの境地に陥っても仕方ない状況。   それでも、ダビデの口から出てきた言葉は・・・「しかし」であった。   しかし、主は私の盾、私の栄光、ただ一つの望みです。 主だけが、恥辱にまみれてうなだれている私の頭を、高く持ち上げてくださいます。 (詩篇3:3 リビングバイブル)   それは起死回生の信仰告白。   ダビデにとって神様は・・・ ①盾。 ②栄光。 ③ただ一つの望み。 ④恥辱にまみれてうなだれている私の頭を高く持ち上げてくださるお方。     Application(適用) 八方塞りのダビデにとって希望は神様だった。 神様のみだった。 ただ1つの希望であった。   僕たちの教会の名前は「New Hope」。 まさに希望を掲げている教会である。 その希望とはダビデ同様に神様である。 希望は主にある。   戦争や止まらない物価高騰・・・希望を失うようなニュースが多い。 少子高齢化が叫ばれ、その波は日本の教会を翻弄し、危機的である。   それでも、私たちは希望は主にあることを信じるのだ。 たとえ、どんなに八方塞りになっても希望は主にあることを告白するのだ。   そして、「New Hope」はその名前の通り、神様こそが希望であることを宣べ伝えていく教会である。   しかし、主は私の盾、私の栄光、ただ一つの望みです。   この希望を2023年も宣べ伝え続けていく。     Prayer(祈り) 主よ。 2023年最初の土曜日は爽やかな冬晴れです。 気持ちいい朝を感謝します。 ダビデは四方八方を敵に囲まれても、窮地に追い込まれても、信仰を告白しました。   しかし、主は私の盾、私の栄光、ただ一つの望みです。   この希望を信じます。この信仰の告白に心を合わせます。 そして、この希望を語り、宣べ伝えます。 希望の主イエス・キリストの名前でお祈りします。アーメン    

尽きない神の憐れみ

Scripture "ファラオがアブラムについて家来に命じたので、彼らは彼を、妻と、所有するすべてのものと一緒に送り出した。" 創世記 12章20節 Observation アブラハムは、自分たちの命を守るために、奥さんのサラを妹だと言ってファラオに紹介した。 そのおかげで、アブラハムは奴隷や家畜いろんなものを手に入れることになる。 信仰者としては、しっかり恐れてるし、しっかり嘘ついたアブラハム。 普通に神様の目には悲しくうつっただろうなと思う。 でも神様はどこまでも憐れみ深く、最終的にはファラオが自ら、アブラハム、サラ、そしてアブラハムが持っていた全てと一緒に送り出すという結末になる。 罰として一文無しになるとかでもなく。 Application 神様の憐れみ深さを信じる。 自分の失敗や、弱さをも主は良いもので報いてくださる。本当に本当に優しい神様。…