Topic:祈り、教会、賛美、喜び
Scripture(聖書)
3あなたがたを思う私の祈りは、いつも神への賛美にあふれています。
4そして、私の心は喜びに満たされるのです。
(ピリピ1:3-4 リビングバイブル)
Observation(観察)
パウロはいつもピリピ教会の人々を思い祈っていた。
その祈りがもたらした2つのものがあった。
①神への賛美が溢れる
②心が喜びに満たされる
Application(適用)
誰かを思う祈り、いわゆる「とりなしの祈り」はイエス様の姿からも学ぶことができる祈りである。
祈りにおいても、つい自己中心に陥りがちな私たちの祈りが、誰かの為に祈る者となっていく時に、愛、信仰において成長がもたらされる。
誰かのために祈る祈りには思いがけない副産物がついてくる。
それは「賛美」と「喜び」である。
パウロはそれを自らの実体験として語っている。
言い換えると、賛美に溢れたいならば、誰かのために祈ったら良い。
心が喜びに満たされたいならば、誰かのために祈ったら良い。
Prayer(祈り)
主よ。
アドベント第1週の土曜日です。
今朝はビーチで洗礼式も行えること感謝します。
洗礼式日和の穏やかな天気と海です。
今日洗礼を受ける4名のこれからの信仰の歩みをお守りください。
私たちの祈りは自己中心な祈りに陥りがちですが、誰かを思う祈りを祈り始める時に
神への賛美が溢れます。心に喜びが溢れます。
この祈りの不思議な世界を味わうアドベントとさせてください。
誰かを思う祈りが世界中を包み、その実である賛美と喜びが世界に満ちますように。
イエス様の名前で祈ります。アーメン
