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誰も触れられなくてもイエス様は

T
癒し、回復、希望

S
イエスは手を伸ばして彼にさわり、「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると、すぐに彼のツァラアトはきよめられた。
マタイの福音書 8:3

O
イエス様は山上での垂訓を終えられた後、山を下りられた。すると大勢の人々がイエス様についていったが、その時イエス様の元に一人の人がやってきた。マタイはこの瞬間を詳細には記していないが、この人物が来た時、大勢の人々は叫び、逃げ出したことだろう。なぜなら彼は重い皮膚病を患っていて、当時この病気はうつるものだと考えられていたからだ。一度かかれば「自分は汚れている!汚れている!」と叫び、人々から隔離された場所で人生を過ごさなければならなかった。

しかし彼は希望を見つけた。イエスという方がいて、もし御心ならば、自分を癒すことができる方だと彼は信じていた。そんなイエス様の取られた最初の行動は、この当時では考えられないことであった。イエス様はまず手を伸ばし、彼に触れられたのだ。罪あるものとされ、人々から疎外され、誰も彼に触れることなどない。親しい家族や友人のそばに行くことすらもうできない。彼に触れれば自分も汚れてしまう。そんなふうに誰もが思っていた。しかしイエス様は彼を癒す前に、彼にまず触れられた。そのあとで、イエス様は「わたしの心だ。きよくなれ」と言われた。すると彼の皮膚病は癒やされたのだ。

A
どれくらいの時間かはわからないけれど、「触れてはいけない、近づいてはいけない」そんな存在として歩んでいた彼が久しぶりに感じる人の温もり。イエス様が彼に触れられた瞬間は、彼にとってどれほどの驚きを与え、癒しと慰めの時となっただろう?

イエス様はただ問題を解決するのではなく、僕達に触れ、愛を注いでくださる。

世界中、多くの人が「こんな自分」と思うことがあるだろう。僕もそんな時がある。しかしイエス様は僕達が「自分は汚れていて、誰も触れてはいけない」と思う時でさえ、そばに来て触れてくださるのだ。

「こんな自分」と思うような時、イエス様から離れてはいけない。この重い皮膚病を患っていた彼のようにまずイエス様の足元に行き、礼拝し、信頼するものになっていこう。誰も触れられなくてもイエス様は僕に触れ、愛し、癒し、人生を変えてくれる。

P
愛する天の神様、あなたの御名を賛美します!あなたの変わることのない愛と赦しの恵みに感謝します。
自分の罪深さに落ち込むことがあります。けれどあなたは僕に触れてくださる方。こんな自分に誰も触れてはいけない、と思うような時でさえも、驚くことにあなたは触れてくださり、愛を注ぎ、癒し、回復を与えてくれます。どうかこの皮膚病を患っていた方のように、あなたのそばに行き、あなたを賛美し、あなたに信頼するものとなることを選びます。世界中にいる「誰も自分に触れてはいけない」と思う全ての人に、あなたの御手による癒しと回復がありますように。イエス様の御名によって祈ります。アーメン

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