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「値しない者なのに」

Topic:祈り、励まし、愛   Scripture(聖書) 16私たちを愛し、値しない者に永遠の慰めと希望とを与えてくださった主イエス・キリストと父なる神が、  17どうか、あらゆる励ましをもってあなたがたを勇気づけ、ことばと行いによって、善を追い求めさせてくださいますように。 (第二テサロニケ2:16-17 リビングバイブル)     Observation(観察) パウロがテサロニケ教会に書き送った手紙。   神様は・・・   ①私たちを愛してくださるお方。   ②値しない者に永遠の慰めと希望を与えてくださるお方。   それゆえ、パウロの祈りはこのように導かれていく。   「どうか、あらゆる励ましをもってあなたがたを勇気づけ、ことばと行いによって、善を追い求めさせてくださいますように。」     Application(適用) 値しない者に対して普通愛を注ぐことはできない。 しかし、神様は愛してくださるのだ。 そればかりか値しない者に永遠の慰めと希望までも与えてくださる。   なんと恵みをあわれみに満ちた神様だろうか。 今朝、改めて恵みの大きさに圧倒され、感動している。   パウロのこの祈りは直接的にはテサロニケ教会の人々のためであった。 しかし、幾千年の時を超えて、まるで僕のためであったかのようにも思わされる。   16私たちを愛し、値しない者に永遠の慰めと希望とを与えてくださった主イエス・キリストと父なる神が、  17どうか、あらゆる励ましをもってあなたがたを勇気づけ、ことばと行いによって、善を追い求めさせてくださいますように。   僕はまさに多くの励ましをもって勇気づけられてきたのだ。 聖書のことばによって。 賛美や祈り、礼拝によって。 神様が創造された美しい被造物、自然界によって。 妻や家族、また友人によって。 教会の交わりによって。   神様はあの手この手、様々な方法で僕を励まし続けてくださっている。 値しない者なのに。   この主の励ましに応えたい。 小さな者だけど、愚か者だけど。 それでも精一杯、主の励ましに応えたい。   また僕自身も主に倣い励ます者となっていきたい。 人々を勇気づける者となっていきたい。   そして、パウロが祈ったように祈る者とされていきたい。   16私たちを愛し、値しない者に永遠の慰めと希望とを与えてくださった主イエス・キリストと父なる神が、  17どうか、あらゆる励ましをもってあなたがたを勇気づけ、ことばと行いによって、善を追い求めさせてくださいますように。     Prayer(祈り) 主よ。 11月最後の火曜日、そしてアドベント第1週の火曜日を迎えています。 今朝もあなたの恵みに圧倒されます。 そして、パウロの祈りに感動します。 僕の信仰の歩みは失敗だらけです。 それでも、あなたは励まし続けてくださる。 値しない者なのに愛を注ぎ続けてくださる。 どうか、この主の愛と励ましに応える者とならせてください。 また僕自身も愛をもって励ます者とならせてください。 永遠の救い主イエス様の名前でお祈りします。アーメン  

「はい、主よ!」

Scripture イエスが家に入られると、その人たちがみもとに来た。イエスが、「わたしにそれができると信じるのか」と言われると、彼らは「はい、主よ」と言った。 マタイの福音書9:28 新改訳2017 Observation 目の見えない二人組の信仰に驚かされる。 彼らはいったい、いつから目が見えなかったのか?生まれてからずっとか?それとも途中からなのか? しかし彼らの耳にも届いていただろう。 「イエスが死んでいたはずの少女を生き返らせた」 彼らはイエスを見るとすぐさま叫んだ。「ダビデの子よ!私たちをあわれんでください!」 Application 彼らはイエス様に「あわれんでください!」と叫んだ。なぜ叫んだのか? 信じていたからだ。 イエスという者ならば、必ずこの目を開き、癒すことができるのだと。実際にイエス様に、「わたしにそれができると信じるのか」と聞かれた彼らはすぐに「はい、主よ」と言った。そして、彼らは目が癒され見えるようになった。 この順番に感動する。 目が見えるようになったから、信じたのではない。 信じた先に、癒しがあり、見えなかった目の解放があった。どうしても見せてもらってからじゃないと信じられない自分がいる。経験してからではないと疑ってしまう自分がいる。 だけど、目の見えなかった2人のようにイエス様をとことん信じるものとなりたい。 信じるのか?と聞かれて、「はい!」と信仰告白するものでありたい。Yes Lord, Yes Lord, Yes Yes, Lord! はい主よと信じ告白し、主のわざを体験したい。イエス様は最後にこう言われた。「あなたの信仰のとおりになれ。」 Prayer 愛する天のお父さん 僕の中に信じることのできない心があります。疑ってしまう心があります。信仰を与えてください。信仰を増し加えてください。はい主よと告白するものとならせてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン

「必ず実現する神のことば」

Topic:預言、成就、みことば   Scripture(聖書) 21彼女は男の子を産みます。その子をイエス(「主は救い」の意)と名づけなさい。この方こそ、ご自分を信じる人々を罪から救ってくださるからです。 22このことはみな、神が預言者を(神に託されたことばを語る人)を通して語られた、次のことばが実現するためです。 (マタイ1:21-22 リビングバイブル)     Observation(観察) 真面目に人生を送ってきたヨセフに突然降って湧いてきたマリヤの妊娠。 耳を塞ぎたくなる言葉。 信じていたマリヤに裏切られたのかもしれない。 グルグルと頭に色々な思いが交錯し、混乱し、パニック状態だったと思う。   さらにヨセフを混乱させた天使の登場。 そして、セフに驚きのニュースが告げられた。 マリヤの妊娠は聖霊によるもの。男の子を産むこと。イエスと名付けること。 この子が罪からの救い主であること。これは預言の成就であること。     Application(適用) 今日の通読箇所はマリヤの処女降誕をはじめ、数々の預言の成就を見ることができる。 つまり、神の言葉は必ず実現するということ。   最近、一般の出版社からも、いわゆる「聖書本」が次々と出版されている。 あの池上彰氏も最近「聖書本」を出版した。   コロナ、戦争、元総理の暗殺、物価高騰・・・混沌とした世の中である。 不安材料だらけの世の中である。 人は「確かさ」を求めているのだと思う。   そこで目がつけられるのが「聖書」。 聖書を読めば世界がわかる、とも言われる。   聖書預言は聖書の時代で完結したのではない。 今もなお聖書預言は有効である。 特に終末預言は慎重に読むべきであろう。 悪戯に不安を煽ることは良くないが、聖書は確かに世界の終わりを語っているのだから、目をそらさずきちんと受け止めるべきである。 処女降誕のように、必ずみことばは実現するのだから。   ①毎日みことばに触れる。   ②みことばを学ぶ。   ③みことばを信じる。     Prayer(祈り) 主よ。 秋晴れの爽やかな土曜日を感謝します。 神の言葉である聖書が与えられていることを感謝します。 僕は聖書が誤りなき神の言葉であると信じています。 分かりに難い箇所も確かに聖書には数多くあります。 しかし、目をそらさず聖書を通して御霊なる主が語ってくださることを聞き逃すことがないように。 みことばは必ず実現するのだから、聖書に触れ、聞き、学び、蓄え、信じ、行動し、伝える者とならせてください。 救い主イエス様の名前でお祈りします。アーメン