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「強さと弱さ」

Scripture

16ところが、それに気をよくした王は思い上がり、ついに堕落への道を進み始めました。彼の神、主に対する罪を犯し、入ることを禁じられていた神殿の聖所に入って、祭壇の上で香をたこうとしたのです。
2歴代誌26:16 リビングバイブル訳

Observation

ウジヤ王は16歳という若さで王位についた。
そして父アマツヤに代わって52年間、王として国を治めたのだ。彼はすべて主の目にかなうことを行なった。そして、彼は成功をおさめていき、彼の名声は遠くの国まで広がったのだ。ここまでは非常に順調。

けれど、問題はここからだった。

彼は自分が強くなり、気をよくしたことで心が高ぶり、思い上がってしまったのだ。それはついに、身を滅びへと招いた。

Application

強さ
誰もが憧れるものだ。
しかし、聖書の中でパウロがこう言っている。

「私は弱い時にこそ強い」

むしろ弱さのうちに十分に働く神の恵みがあるじゃないかとパウロは言われた。カルチャーチョックである。強くなるべきと言われる世界には決してない。弱くていい。いや、弱いからこそ神の恵みを体験するのだと語るのだ。
今日、ウジヤは強さと弱さを経験する。
彼は成功をおさめるにつれて心が高慢になり、今こそ絶頂期で何も恐れるものはない。そんな強さを得た。しかし、それゆえに神様を求めることを忘れてしまった。

5節には、「彼は神を求めた。また彼が主を求めていた間は、神は彼を栄えるようにされた。」

ウジヤは最初こそ神様を求める信仰に生きた。
しかし、次第に名声と成功とともに高マンになってしまったのだ。しかし実に考えさせられるのは、この成功さえも「神は彼を栄えるようにされた」とあるように神様の憐れみなのだ。ウジヤが神から離れると、どうなったのか?彼は重い皮膚病にかかった。そして、死ぬその日まで皮膚病に苦しみずっと隔離生活を余儀なくされたのだ。隔離、人々と離れた生活をずっとすることになったのだ。成功していた時は自分の周りにはなんでもあっただろう。しかし、今は何もないのだ。彼は弱さを今、まさに経験している。ボロボロの状態である。あの強さを誇っていたウジヤはどこに行ったのか。

強いと人は神様を必要としないのだと教えられた。

そして、弱くてもいいのだと教えられた。弱さを通るから、神様を求めるようになり孤独を知り、欠けを知り、自分がいかに神と人とに助けられているのかを知るからだ。体験するからだ。

1、強いだけじゃわからないことがある

2、弱いからこそ気づける神の恵み

3、弱さに神の恵みは十分である

Prayer

愛する天の神様
あなたの憐れみと恵みの中で生かされていることを、僕はすぐに忘れて全てを自分の力のように錯覚しています。それがやがて高慢となり、人をさばき、怒り、愚痴をこぼしています。それはなんと愚かなことでしょうか。強いだけじゃわからないことがあり、弱さを知るから気づけることがあります。あなたの恵みにもう一度、立ち返っていきます。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン

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