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「兄弟を力づける」

Scripture

しかし、わたしはあなたのために、あなたの信仰がなくならないように祈りました。ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
ルカの福音書22:32 新改訳2017

Observation

イエス様が十字架につけられる前のお話。
ペテロはこれから後に、ふるいにかけられ試されるとイエス様は言われた。これに対して、ペテロは「死であろうと、牢であろうと、イエス様と一緒なら覚悟はできている」と言った。しかしイエス様は、「あなたの信仰がなくならないように」祈られた。
ペテロがこの後に「イエス様を知らない」と言ってしまうことをご存知だったのだろう。覚悟はできていると口では言えても実際に、危険が目の前にあると人の本性は出るものである。ペテロの弱さを知っていたイエス様は、彼のために祈られたのだ。

Application

ペテロは実際に3度、イエスを知らないと言ってしまう。
その現実に泣き崩れるのだ。
でもイエス様はペテロの弱さをご存知だった。だからすでに信仰がそのまま無くなっていかないように祈ってくださっていた。人にとって恥とも言える自分の弱さ、欠け、失敗。そのためにイエス様は祈ってくれている。もう一度、立ち上がれるようにと祈ってくれている。優しい神である。

自分の中での恥や弱さ

それは人にとって誰にも見せたくないものである。いやできれば一生のうちで、良いところだけを見せておきたいものだ。しかし、イエス様は明確に「人が弱い」ことを語られた。何より、ゲツセマネの園で人となってこられた神であるイエス様ご自身が、「できることならこの杯が取り除かれて欲しい」と祈る姿を見せてくださった。それは人の弱さでなくて、恥ずかしい部分でなくて何だろうか。
自分の恥や弱さをなかなか認められない僕がいる。
けれど今日のイエス様の言葉に慰められたことが3つある。

1、イエス様は僕の弱さを知ってなお、受け止めてくれていること

2、イエス様は僕が立ち上がることができるように祈ってくれていること

3、もし弱さを経験したなら、それはまた誰かの弱さに寄り添えるものと変えられていくこと

ペテロのために祈られたイエス様は最後にこう言われた。
「ですから、あなたは立ち直ったら、兄弟たちを力づけてやりなさい。」
立ち直ったら・・・
イエス様は立ち直った時、今度は同じような弱さを覚え、恥を覚えている人に寄り添い彼らを力づけるものとなってねとペテロを励ました。弱さを覚えて、それで終わりじゃないよ。そのことを通して次の誰かを励ますものとなれると後押ししてくれている。

自分が情けない経験をすることは決して悪いことじゃない

むしろ、それでいいじゃないか。
イエス様に祈ってもらえている幸がある。もう一度立ち上がる力を主は与えてくださる。もし、自分のように弱さを覚えている人がいるなら寄り添えるものと主に変えていただきたい。
力や自分がどれだけできるかを自慢するのではなく
落ち込んでいる人に寄り添えるものとなりたい

Prayer

愛する天のお父さん
自分のことばかり考えてしまうと、自分が恥ずかしいとか、自分のプライドばかりを守ろうとしています。だけど、僕のために祈ってくれているイエス様がいること。そして立ち上がる力もイエス様から来ることを思い出します。自分にとって情けない経験が、いつか誰かに寄り添うための大事な通り道だと気付かされます。ペテロに兄弟を力付けてやりなさいと言われたその言葉が、今日、僕の心にも刺さりました。どうか弱っている人や倒れている人を見て、裁く者ではなく、一緒に立ち上がって行こうと寄り添えるものへと変えてください。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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