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「図々しいほど大胆に」

Topic:祈り、信仰、大胆さ   Scripture(聖書) 32イエスは立ち止まり、彼らを呼んで言われた。「わたしに何をしてほしいのですか。」 33彼らは言った。「主よ、目を開けていただきたいのです。」 (マタイ20:32-33 新改訳2017)     Observation(観察) イエス様がエリコの町を出た時のこと、道端で二人の盲人が座っていた。 彼らは「主よ、ダビデの子よ。私たちをあわれんでください」と叫び求めたのだ。 静止しようとすればするほど、彼らは大きな声で叫んだ。 まさに必死の叫び。   その叫び声はイエス様に届いたのか?・・・ちゃんと届いたのだ。   そして、イエス様は彼らに問いかけた「わたしに何をしてほしいのですか?」と。 勿論、彼らの求めは目が見えるようになること。     Application(適用) イエス様は全知全能の神である。 こちらが言うまでもなく、心の内を知っている。 つまり、二人の盲人の切なる願いが見えるようになりたいということは知っていたはず。 しかし、あえてイエス様は問いかけた。   「わたしに何をしてほしいのですか?」   イエス様に具体的に求めて良いのだ。 遠慮は無用なのだ。   問題解決。 それも具体的に求めて良いのだ。 人間関係、身体的問題、経済問題、進路について・・・。   遠慮は美しい日本人の文化である。 しかし、信仰の世界は遠慮は無用。 むしろ、この盲人たちのように図々しいほど大胆に求めても良いのだ。   「求めよ。さらば、与えられん。」なのだ。     Prayer(祈り) 主よ。 今日からOhana Retreatです。 3年ぶりのOhana Retreat開催です。感謝します。 また、先週天に召された小坂忠師の前夜式もあります。 前夜式が主の栄光満ちる時となりますように。 遺されたご家族に、また教会に主の慰めを与えてください。 私たちの主は「わたしに何をしてほしいのか?」と問うてくださる神であることを感謝します。 具体的に、大胆に祈り求める信仰を教えられます。 忠師は最後まで日本のリバイバルを祈り求めていました。 僕も日本のリバイバルを祈り求めます。 そのために用いてください。 救い主イエス様の名前で祈ります。アーメン