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「からだのどの部分も」

Topic:体(人生、栄光)   Scripture(聖書) 19体は、神様があなたがたに与えてくださった聖霊の家であって、聖霊がそこに住んでおられるのです。あなたがたの体は、自分のものではありません。 20神様は多額の代価を払って、あなたがたを買い取ってくださったのです。ですから、あなたがたの体のどの部分も、神の栄光を現すために用いなさい。その所有者は神だからです。 (第一コリント6:19-20 リビングバイブル)   19あなたがたは、知らないのですか。あなたがたのからだは、あなたがたのうちにおられる聖霊の宮であり、あなたがたはもはや自分自身のものではありません。 20あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから、自分のからだをもって神の栄光を現しなさい。 (第一コリント6:19-20 新改訳2017)     Observation(観察) パウロからコリント教会に書き送られた手紙。   パウロはストレートに不品行、性的な罪について指摘する。 それほど、教会はコリントの街の堕落した文化に影響を受け、染まっていたのだろう。 今だったら、大炎上するような由々しき事態。   では、なぜ不品行を避けるべきなのか?・・・ それは、「体」が・・・   ①神が与えてくださったもの。   ②聖霊の家、宮、住まい。   ③自分のものではない。   ④所有者は神。   ⑤多額の代価を払って買い取られた。   ⑥神の栄光を現すために用いる。     Application(適用) 知らず知らずのうちに、自分のからだの所有者は自分であると勘違いしてしまうのである。 このからだも、いのちも、人生も主のものであることを覚えなければならない。   今日は、20節後半の・・・   ですから、あなたがたの体のどの部分も、神の栄光を現すために用いなさい。その所有者は神だからです。   という、みことばが心に迫ってきた。 ただ身体的なからだが神の栄光を現すようにという意味だけではなく、人生のすべての部分、すべての関係、あらゆる領域において神の栄光を現すように、という意味であろう。   先日の結婚式においても、結婚生活を通して神の栄光が現されるようにとメッセージを語った。 僕の人生の目的はウェストミンスター小教理問答にもあるように、神の栄光を現すことである。   今日の20節のリビングバイブル訳では「体のどの部分も、神の栄光を現すために用いなさい」と記している。 人生を通してという大きな視点で神の栄光を現すことを願うのと同時に、体のどの部分、たとえば、目、耳、口、手、足・・・。もっと細かく言うと、爪先、まつげ、まゆげ、耳たぶ・・・。そういう細かいエリア、小さな部分においても、神の栄光を現すことを祈り願っていく。   パウロは「食べるにも、飲むにも、何をするにも、ただ神の栄光を現わすためにしなさい。」(第一コリント10:31)と語っているが、人目につかないところにおいても、神の栄光を現すことが大事なのだ。     Prayer(祈り) 主よ。 今日は強めの雨が降る肌寒い朝を迎えています。 そのような中ですが、熱い牧会チームと共にデボーションできる恵みを感謝します。 僕の人生が神の栄光を現すことができますように。 僕の夫婦関係、親子関係、兄弟関係、・・・家庭が神の栄光を現すことができますように。 僕のからだが、僕のからだの全ての部分が神の栄光を現すことができますように。 救い主イエス様の名前でお祈りします。アーメン