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「聖なる会合」

Scripture 

六日間は仕事をする。しかし、七日目は全き休みのための安息日、聖なる会合の日である。あなたがたは、いかなる仕事もしてはならない。この日は、あなたがたがどこに住んでいても主の安息日である。

レビ記23:3 新改訳2017

Observation

安息日が定められた。

6日間は仕事をしてもいい。だけど、一日、7日目はいかなる仕事もしてはならず全き休みを取らなくてはいけない。その日は、聖なる会合の日。

Application

漢字は実に不思議である。

例えば、心を亡くすとかいて忙しいと書く。これがまさに、自分によく当てはまることがある。

どうしてか目の前のことに忙しくなり過ぎて、心を亡くし、大事なことが見えなくなる。大事なことが何かも判断が鈍ってくる。そんな忙しさを覚える現代人にとって、全き休みを1日取ることは反対に罪悪感となりかねない。だけど、なんとしても優先すべきことがそれ以上にあるのだ。それが、安息日。6日活発に動いても、1日は休むのだ。

僕もそういうところがあるが、現代人の恐ろしいことは休めないこと。

周りに迷惑をかけてはいけない。

休みは罪とさえ感じる人もいるだろう。

だけど、忙しくすればするほどに心を見失っていく。それは本当に大切なことを見失う危険性が増し加えて行くのだ。

そう思うと神様の定めた安息日、聖なる会合の日はとっても大切なのだと気付かされる。

立ち止まる勇気というのはなかなか持てないかもしれない。

だけど、なぜ休むのか。何のためのなのかを聖書は言う。「聖なる会合」だからだ。

神様の前に出て、自分を捨てるときだ。

自分よりも神様を必要とし、神様を求めるとき。神様の愛と恵みにどっぷり浸かる時。それが僕たちはみんな必要だ。神のラブ注入の時間なくして、僕たちは目に進めない。すぐに空っぽになって動けなくなる。神様の前に出て、聖なる会合を持つからこそ、自分がどれほど愛されているのかに改めて気付かされる。自分の心がどれだけずれていたのか気付かされる。どれほど神様に守られているのか気づくのだ。

1、休み(安息)は神様が最初にしたこと

2、休み(安息)は神様が大切にされたこと

3、休むことは罪ではない。本当の罪は「」、忙しすぎてしまい心が神から離れてしまうこと。

Prayer

愛する天のお父さん

安息日を設けてくださって感謝します。立ち止まらずに忙しくすると、本当に心をなくします。どうか、なくす前にあなたとの聖なる会合、礼拝、祈りの時、休む時、聖書を読む時間、そうした大切な時間を優先できますように。この気づきを聞いて終わりにせず、我がものとしていけますように。イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。

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