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困難の中で信じるという選択

S

わたしは信じる 「激しい苦しみに襲われている」と言うときも

不安がつのり、人は必ず欺く、と思うときも。

詩編 116:10-11

 

O

詩篇116篇はこう始まる。

 

わたしは主を愛する。

主は嘆き祈る声を聞き わたしに耳を傾けてくださる。

生涯、わたしは主を呼ぼう。

詩編 116:1-2

 

「私は主を愛する!」

神様へのシンプルな、それでいて最大級の愛の言葉。

しかしこの詩篇を読み進めていくと、

この言葉が作者の心の深いところから溢れた言葉であることが感じられる。

彼には心が苦しさに襲われる日々、しかも激しく襲われる日々があった。

不安がつのり、「人は必ず欺く」と心を痛める日があった。

 

こんな思いを抱えながら、どうやって生きていけばいいのだろう?

しかしその中で彼は一つのことを選んだ。

それでも「わたしは信じる。」と。

この信じるということが、彼を神様に繋ぎとめ続けた。

そして主の御名を呼び声、祈る言葉を溢れさせた。

 

A

人生はとてもじゃないけど簡単ではない。

「主よなぜですか?」と思うようなことが起こる。

しかしそこにあるのは2つの選択:「わたしは信じる」「わたしは信じない」

そして僕達は自身でどちらか一つを選択する。

この詩篇の作者は「わたしは信じる」という選択をした。

 

その選択がすぐに状況を変えることはない。

それでも彼は置かれた状況の中で「わたしは信じる」という決断をしたのだ。

どれくらい後なのかわからない。けれど彼の信じた神様は、彼の声に応えられた。

彼は信じて進んでいく道の中で、神様は耳を傾けてくださる方であり、

主が憐れみ深く、正義をおこなわれる方だと知った。

情け深く、哀れみに豊かで、救ってくださる方であると知った。

 

もし彼の通った困難がなければ、彼には見出せなかった神様の一面がたくさんあっただろう。

困難がなければ、神様なしでは生きられないと知り得ないのかもしれない。

僕の人生にも困難はある。人に裏切られることもあるだろう。

しかしそれでも神様を信じること選ぶものであり続けたい。

困難を避けるためになにもない平坦な道を進むよりも、

困難の中で神様を知ることを喜びとし、神様を愛し続けることを選ぶものでありたい。

「わたしは信じる」

 

P

愛する天のお父さん、あなたの御名を賛美します。今日も愛するNHYの家族とあなたの御言葉に心を共に開けた幸いを感謝します。人生は時に簡単ではありません。困難を経験することがあり、人間関係で傷つくこともあります。しかしそれでもこの詩篇の作者のように僕は選びたいです。「わたしは信じる」と。どうか困難の中で、難しい人間関係の中で、それでもその中で働かれ、僕を守り、助け、救ってくださるあなたを知ることができますように。僕達の愛する友達、家族がもしこの詩篇の作者のように痛みや困難の中を歩んでいるのなら、どうか今も生きて働かれるあなたからの励ましと助けとがありますように。イエス様の御名によって祈ります。アーメン

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