Scripture
モーセの腕はしびれて、とうとう棒のようになってしまいました。もうこれ以上、杖を持っていることができません。アロンとフルは、石を転がして来てモーセを座らせ、両側に立って、日が暮れるまで二人がかりで彼の腕を支え続けました。
(出エジプト記 17:12 リビングバイブル訳)
Observation
アマレク人との戦い
モーセはあの杖を持って戦った。
戦場に赴くのに、槍でも剣でも弓でもなく、モーセは杖を手にしていた。
杖を手に腕を上げていると・・・イスラエル人は優勢になり、疲れて腕を下ろしてしまうと?
劣勢となった。
そんな杖を持つ力が弱ったモーセを支えた2人がいる。
アロンとフル
彼らはモーセを座らせて自分たちは立ったまま、日が暮れるまで彼の腕を支え続けた。
Application
結果、イスラエル人は大勝利を納めた。
モーセを支えてくれた2人がいた。僕の人生にもこんな僕が倒れないように支えてくれている人がいる。他でもない、妻である。そして、キリストにある兄弟姉妹。こうした人々の支えがなければ僕は今も立っていない。ずっと座り込んでいただろう。それは僕の弱さゆえに、高慢さゆえに、欠けゆえにである。僕はモーセのように座らせてもらい、彼女たちはずっと支えてくれている。
モーセはこの後・・・
主はモーセに言いました。「このことを書き記して永遠に残る記録としなさい。いつまでも忘れないようにするのだ。またヨシュアに、アマレク人はわたしが完全に滅ぼし、記憶にさえ残らないようにする、と伝えなさい。」
(出エジプト記 17:14)
「このことを書き記して永遠に残る記録としなさい。いつまでも忘れないようにするのだ。」と言われた。モーセは自分たちの勝利もそうだが、アロンとフルがしたことも当然、書き記し記録しただろう。それは「いつまでも忘れないようにするため」
僕はすぐに忘れてしまう。
あれだけ痛い思いをし、感謝な思いをしても忘れてしまう。
モーセはどうして記録したのか?もちろん、忘れないため。しかし、それ以上に、このことは彼にとって特別だったのではないか。ごく日常的な当たり前のようにやってくるものではなく、本来なら勝利できないような相手に勝利できたこと。本来なら一人で孤独かもしれないリーダーの自分を支えてくれる人がいる。どれも彼にとって当たり前ではなかったのではないか。
僕の心に感謝を持てない理由の大きな原因は、ここにあるように感じる。
恵まれて当然。
受けて当然。
〇〇して当然・・・そんな心だ。
今日、受け取ったこの聖書の言葉を日々心に刻みたい。当たり前と思っていることを神様に感謝しよう。
Prayer
天のお父さん
僕はいろんなことを当たり前に思っているものです。愚かです。どうか、当たり前に思うのではなく感謝できるものとならせてください。感謝を数えるものとならせてださい。そのために立ち止まって数えることができますように。忙しく、目の前のことに疲れていると何でも当たり前になり、むしろ人を批判している自分がいます。どうか、感謝を口だけでなくこの命を持って表せるものとならせてください。
いつも支えてられていること
一人ではないこと
甘えられること
助けを求められること
わがままでいられること
その全てに感謝します。それを受け止めてくれている妻に、キリストのオハナに感謝します。
イエス様のお名前によってお祈りします。アーメン。