Topic:信仰、心、献金、献身
Scripture(聖書)
41それから、イエスは献金箱の向かい側に座り、群衆がお金を献金箱へ投げ入れる様子を見ておられた。多くの金持ちがたくさん投げ入れていた。
42そこに一人の貧しいやもめが来て、レプタ銅貨二枚を投げ入れた。それは一コドラントに当たる。
43イエスは弟子たちを呼んで言われた。「まことに、あなたがたに言います。この貧しいやもめは献金箱に投げ入れている人々の中で、だれよりも多くを投げ入れました。
44皆はあり余る中から投げ入れたのに、この人は乏しい中から、持っているすべてを、生きる手立てのすべてを投げ入れたのですから。」
(マルコ12:42-44 新改訳2017)
Observation(観察)
イエスはじっと見ていた。
何を?・・・人々が献金する様を見ていた。
・大金をささげるお金持ち
・レプダ銅貨2枚をささげた貧しいやもめ
イエスは誰が幾らささげるのか興味があったのだろうか?・・・
そうではない。イエスの関心は献金の背後にある「心」であった。
Application(適用)
誰がいくらささげているか、もちろん牧師は知る由もない。
しかし、ささげられたものの背後にある「心」はきちんと受けとめたいと思わされた。
ささげられた額の大小で一喜一憂するのではなく、その「心」を受けとめたい。
額は小さくても、それは幼い子供がお小遣いの中かから精一杯ささげた100円かもしれない。
主は心を見ておられる。
レプタ銅貨2枚をささげた貧しきやもめのような献身者でいたい。
同時に、イエス様がこの貧しきやもめの献金を誰よりも多く投げ入れたと評価されたように、このような心からの精一杯の献身を心で受け止める牧師、教会でありたい。
Prayer(祈り)
主よ。
爽やかな3月最初の土曜日を迎えました。
春の花が咲いているのを見かけるようになってきました。
季節を司っておられる主の御名をほめたたえます。
人はうわべを見ます。
容姿、学歴、肩書、持物・・・。
しかし、主は心を見られる。
あなたのように心を見る者とならせてください。
またレプタ銅貨2枚を精一杯ささげた貧しきやもめのように、主にささげる者とならせてください。
救い主イエス様の名前でお祈りします。アーメン