不平不満、疑いさえも、賛歌の一部としてくださる

トピック
不平不満 疑い 賛美

御言葉
私はこう言った。「私が弱り果てたのはいと高き方の右の手が変わったからだ」と。私は主のみわざを思い起こします。私はあなたのなさったすべてのことを思い巡らしあなたのみわざを静かに考えます。 詩篇 77:10-12

観察
この詩篇の最初には、この詩篇がアサフによる賛歌であると書かれている。賛歌、というと何をイメージするだろうか?決して揺るがされない、という力強い言葉たちの歌だろうか?神様の素晴らしさを現す言葉による歌だろうか?しかしこの賛歌は様子が違う。ここにはこの詩篇の作者が抱いた、神様への正直な気持ちが綴られている。驚くことに、この賛歌の一部は、神様に対する疑問や疑いの言葉である。

主はいつまで拒まれるのか? もう決して受け入れてくださらないのか? 主の恵はとこしえに尽き果てたのか? 約束のことばは、永久に絶えたのか?

正直な想いを吐き出した後に、作者は間を取り、そして続きを歌い始める。

私はこう言った。「私が弱り果てたのはいと高き方の右の手が変わったからだ」と。私は主のみわざを思い起こします。私はあなたのなさったすべてのことを思い巡らしあなたのみわざを静かに考えます。 詩篇 77:10-12

彼は自分の中の神様を見る目、心が変わってしまったことに気づき、そしてそれが自分が弱り果てた原因であることに気づいた。だから彼は最初に戻ることにしたのだ。神様のしてくださったみわざを思い起こすことにした。そのひとつひとつを静かに考え、思い巡らすことにしたのだ。

この全てが一つの賛歌となり、詩篇150篇の一つとされている。


適用
僕も人生の中で葛藤する時がある。神様に不平や不満を持ってしまうことがある。 そんな時は信仰によってその状況を変えたい、打ち破りたいと願う。 だけど[信仰=自分の心に無理に蓋をすること]ではないことをこの詩篇の作者の姿から励まされる。

自分の中に不平不満、疑い疑問がある時は…

まず神様があわれみによって、僕の正直な思いを受け止めてくれることを思い起こそう。 そして正直な思いを言っていく中で、神様は僕にきっと気づきを与え、回復のプロセスを始めさせてくれるだろう。

一つ間をとることも大切である。この詩篇も[セラ]間をとる瞬間がたくさん出てくる。 間をとったら、神様のしてくださったことを思い起こすことを選んでみよう。

昔よかった人間関係でも、なぜか相手へのイメージが変わってしまい、話づらくなってしまった、なんてことはよく聞くことである。

神様がどのような方か忘れていないだろうか?なにかこう違うイメージができてしまって、それによって神様に頼れなくなってしまっていないだろうか?主がどのような方か、自分の人生と、聖書の御言葉見かえして、思い起こしていこう。
そのように歩んでいく先に、きっとまた神様の大きな恵みに気づくだろう。 そして不平不満や疑いさえも、賛歌の一部としてくださる、主の広くて深い心に、また改めて気づくことができるだろう。


祈り
愛する天の神様、あなたの素晴らしい御名を賛美します! あなたは良い方、めぐみ深い方。それなのに僕はあなたへ不平不満、疑い疑問を持ってしまうことがあります。 しかしあなたはそんな僕の正直な思いを聞いてくださる方。慈しみ深く、友でいてくださる方。感謝します。 どうかそんなあなたの優しさにより頼み、正直な思いを伝えさせてください。そして全てを話したら、一呼吸おいて、あなたがどれほど良い方であったのか、自分の人生を振り返り、また聖書の御言葉を読み、思い起こさせてください。僕の抱えてしまう疑いや、不満さえも、どうかあなたへの賛歌の一部して変えられますようにと祈ります。 イエス様のお名前によって祈ります。アーメン